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イントロ (00:05):
The Elusive Consumer へようこそ。本日は Ellie が Cerenti Marketing Group の Managing Director 兼 Executive Vice President である Sandeep Dayal にお話を伺います。Sandeep が語る、進化するブランドマネジメントの最前線、スタートアップがブランド戦略をどう切り拓くか、そして著書『Branding Between the Ears』の調査で明らかになった意外な発見についてご一緒に探ります。さあ、The Elusive Consumer を始めましょう。
Ellie (00:33):
早速始めましょう。とてもお忙しい中ありがとうございます。The Elusive Consumer へようこそ。今日はお招きできて本当にうれしいですし、マーケティング戦略における認知科学の役割について学べるのを楽しみにしています。ご著書のこと、そして“昔ながら”のブランディングとこれからのマーケティングの違いについても話していきます。ではまず、現在に至るまでのご経歴をお聞かせいただけますか?
Sandeep Dayal (01:14):
もちろんです。お招きいただきありがとうございます。マーケティング、特にコンシューマーマーケティングは、情熱が不可欠な領域だと思います。私はまさにそれに惹かれてきました。キャリアの中で、マーケティング、とりわけブランディングの仕事を進めるなかで、消費者と直接話し、インサイトを得て、人を深く理解していくことの面白さを何度も実感しました。
(01:47):
私の仕事の多くはヘルスケア領域でした。患者さん、しかも重い病気の方や子どもたちと話すことが多かったのです。彼らの生活で何が起きているのか、私たちマーケターの営みがどう役に立ち得るのかを直接聞く体験は、書物で読むのとは比べものにならないリアリティがありました。ここ20年、その実感は増すばかりで、結果として私はマーケター、言わばブランドマーケターの道を歩んできました。
Ellie (02:35):
では、御社 Cerenti は、この分野で活動する他社と何が違うのでしょう?
Sandeep Dayal (02:45):
私たちはいわゆるブティック型の経営コンサルティングファームです。大きくなることや名を売ることよりも、クライアントと良い仕事をし、仕事自体を楽しむことを大切にしています。その姿勢がアプローチの独自性につながっています。拙著『Branding Between the Ears』が扱う領域、つまり消費者心理と行動の深い理解に立脚したブランディングは、従来のMBA的なマーケティングで教えられてきた常識と、しばしば異なる方向を示します。
Ellie (03:50):
従来型からの転換について、調べて本を書こうと思う決定的な出来事があったのですか? それとも長年の実務経験の積み重ねから?
Sandeep Dayal (04:11):
きっかけと言える出来事がいくつかあります。ひとつ挙げるなら、リウマチ性関節炎の治療薬に関わっていた時のことです。免疫が誤作動し関節を攻撃してしまう、痛みとこわばりが続く生涯疾患ですね。私は当時、Abbott(現在は AbbVie)の革新的な新薬 Humira を担当していて、とある患者さんの Lisa とインタビューしていました。私は「この薬は素晴らしい、人生が変わります」と熱心に語ったのですが、手応えがない。すると彼女が言ったのです。「Sandeep、あなたが私の人生を理解していないなら、どうやって私を助けられるというの?」――正直、当時の私は戸惑いました。「薬が効くなら、私が彼女の人生を理解しているかは関係ないのでは?」と。しかしそこで痛感したのは、相手は“人間”だという当たり前の事実です。共感やつながり、信頼がない限り、どれほど理路整然と価値を語っても響かない。単なる差別化の羅列が、必ずしも行動変容を生まない――それを思い知らされた瞬間でした。
Ellie (07:17):
まさにデータで「聞く」ことと人を理解することの両輪ですね。Fortune 500 のような大企業に、その重要性をどう伝えていますか?直面する最大の課題は?
Sandeep Dayal (07:54):
簡単ではありません。多くの方が従来の枠組みで訓練されており、行動科学や認知心理は未知の領域に映るからです。ただし今は、この分野に確かな科学的裏づけがある。たとえば行動経済学ではノーベル賞受賞者も輩出しています。公共政策や金融では活用が進んできましたが、マーケティングへの適用は遅れていました。私たちはその“硬い科学”をブランドに持ち込み、数億ドル規模の賭けに耐えうる再現性を示してきた――そこが自信の源泉です。革新は“科学のマーケティングへの応用”にあります。
Ellie (10:14):
金融やヘルスケアでのポジショニング事例を教えてください。
Sandeep Dayal (10:25):
金融の例ならクレジットカードです。数字の比較だけでは人は動きません。人は家計管理の“仕方”を持っている。用途別にカードを使い分ける人も多い。そこで「この用途にはこのカード」と設計・位置づける。さらに、MasterCard の「Priceless」キャンペーンは好例です。単なる決済手段ではなく、「特別な瞬間を生み出す存在」に意味づけた。父と息子の初めての野球観戦――チケットやホットドッグの価格を並べ、最後に“その瞬間は Priceless”。これは自己決定理論(Deci と Ryan)に基づく「関係性の充足」という内発的動機づけに刺さる設計です。科学的に妥当だからこそ、長く機能したのです。
Ellie (16:26):
ご著書では5つのブランド型を提示しています。MasterCard はどれに当たりますか?
Sandeep Dayal (16:48):
私は「Brands with Resolve(決意のブランド)」に分類します。先ほどの内発的動機づけに根ざしたタイプです。
Ellie (16:57):
その5つを説明していただけますか?
Sandeep Dayal (17:00):
従来は“差別化+感情付与”が王道でした。しかし脳はその単純な足し算で動くわけではない。私の分類は、Brands with Empathy(共感)、Values(価値観)、Wisdom(知恵)、Reasoning(論証)、Resolve(決意)の5類型です。どれも単なる機能差の感情化を超えた設計です。
Ellie (18:54):
しばしば第6の「Purpose」も語られますね。
Sandeep Dayal (19:10):
はい。「寄付します」といった付け焼き刃ではなく、Purpose を製品・行動に貫くことが鍵です。Patagonia は典型例ですし、Allbirds もそうです。靴紐からソールまで素材選定を徹底し、「快適な靴」ではなく「地球に優しい快適な靴」を体現した。Purpose はブランドの核と整合し、行動の真正性があり、自社の強みを活かせる領域であるべきです。
Ellie (23:00):
スタートアップへの助言は?
Sandeep Dayal (23:20):
現実としてマーケティングはコストがかかります。ただ、Allbirds や Dollar Shave Club のように突破した例もある。後者は「共感のブランド」です。男性が感じていた「替刃の法外さ」への鬱屈を、創業者自らの動画で見事に言語化し、バイラルしました。データの時代でも、人に会い、深い“痛点”をつかむことに代わるものはありません。拙著の5(または6)型は、効率よく常識を打破するヒントになるはずです。
Ellie (27:22):
調査で自分でも驚いた発見は?
Sandeep Dayal (27:32):
Abbott の PediaSure のグロースが印象的でした。各国で母親に聞くと、「うちの子は偏食」という声が共通に出る。そこで「PediaSure は偏食の子に“バランスのとれた完全栄養”を」という中核命題に据えた。母親の罪悪感を和らげつつ解決策を示すこの洞察が、数十カ国での拡張と数十億ドル規模のブランドへとつながりました。
Ellie (31:28):
グローバルブランド構築の要点は?
Sandeep Dayal (31:48):
各国で“まったく別戦略”と考えがちですが、普遍的な洞察は意外に多い。Priceless が世界で通じたのは「関係性の強化」という普遍に触れたから。私は「Brands with Wisdom(知恵)」の章で、認知バイアス(認知の知恵)とブランドの整合を説いています。たとえば損失回避や Occam’s razor(単純性)などは文化を超えて見られる。Staples の「Easy Button」は後者を巧みに使いました。普遍の“知恵”に沿う設計は、グローバル展開の強固な基盤になります。
Ellie (36:12):
AI とビッグデータ時代、データはブランドマネジメントでどう機能しますか?
Sandeep Dayal (36:38):
データ・機械学習は必須素養です。ただし、データだけでは見落とすことがある。ダイレクトメールの開封体験の“破れやすさ”のように、行動の決定因は質感や使い勝手に宿ることも多い。だからこそ“データと人間科学の併走”が重要です。さらに ChatGPT や OpenAI のような生成AIは、人間の思考様式に近い生成を行う点で質的に新しい。人間側がレベルを上げ続ける必要があります。
Ellie (41:12):
データ活用の倫理は?
Sandeep Dayal (41:26):
行動科学の進展で、無自覚レベルへの働きかけも高度化しています。体験価値を高める“良いナッジ”もあれば、ウェブの“ダークパターン”のような望ましくない設計もある。拙著では三つのテストを提示しています。1) Golden Rule(自分がされたいように他者にする)、2) Kant の定言命法(それを皆がすれば社会は悪化しないか)、3) Sunshine 原則(NYT 一面に出ても恥ずかしくないか)。この三つを満たさない施策は退けるべきです。
Ellie (45:19):
他に、よくある大きな失敗は?
Sandeep Dayal (45:32):
共感の欠如が招く文化的配慮の欠落です。Prada の Pradamalia の一部が blackface を想起させて反発を招いた件や、Balenciaga の不適切な表現が炎上した件など。いずれも意図せずとも重大な波紋を呼びました。経験豊富なチームでも、“他者の視点に立つ”工程を省くと大きな代償を払うことになります。
Ellie (48:14):
最後に、消費者理解と共感を高めるための一言アドバイスを。
Sandeep Dayal (48:33):
第一に、データは徹底的に。しかし「人が人に会って話す」ことの代替はありません。第二に、慢心しないこと。20年の経験があっても、前提が誤っているかもしれない。行動科学・認知科学に学び、ブランドを“人の心の働き”から再設計してください。
Ellie (49:38):
Sandeep、本日は本当にありがとうございました。楽しかったです。
Sandeep Dayal (49:45):
こちらこそ、Ellie。もしご興味があれば、私のサイト(SandeepDayal.com)で今日のテーマに関連する記事を公開しています。著書『Branding Between the Ears』は Amazon などでお求めいただけます。
ゲストについて

Sandeep Dayal は、20年以上の業界経験を持つ熟練のマーケティング/戦略リーダーです。Managing Director を務めるとともに、同社の Pharmaceuticals and Medical Devices Practice を統括しています。Fortune 500 企業の C-suite および取締役会のカウンセラーとして助言を行い、これまでに世界中で 100件超のプロジェクトで 50社超のクライアントを支援してきました(EU・LatAm・Asia の主要15カ国超を含む)。Marketing Strategy の第一人者として評価され、Marketing Management、McKinsey Quarterly、Strategy & Business に共同執筆した記事が掲載されています。
現在の研究テーマは Cognitive Branding と Cognitive Selling で、神経科学と心理学の最新知見を統合し、現代の“パワーブランド”を構築し販売成果を高めるまったく新しいアプローチを提案しています。
また、Patient Assistance Programs を通じて個人市場および機関市場に資金を配分するための Pharmaceutical Clearinghouses の構築に関するアイデアで、米国特許(US Patents)を2件保有。Albums of Heritage Foundation とテック企業 iKONVERSE の Board of Directors を務めています。